しろばんば 〔第801回〕
『その頃、と言っても大正 四、五 年のことで、いまから四十数年前のことだが、夕方になると、決まって村の子どもたちは口々に ゛ しろばんば、しろばんば ゛と叫びながら、家の前の街道をあっちに走ったり、こっちに走ったりしながら、夕闇のたちこめ始めた空間を綿屑でも舞っているように浮遊している白い小さい生きものを追いかけて遊んだ。・・・しろばんばというのは ゛ しろい老婆 ゛ということなのであろう。・・・夕方になると、その白い虫がどこからともなく現れて来ることを、さして不審にも思っていなかった。夕方が来るからしろばんばが出て来るのか、しろばんばが現れて来るので夕方になるのか、・・・しろばんばは、真っ白というより、ごく微かだが青味を帯んでいた。・・・洪作はいつも一番遅くまで遊んでいた。洪作のところは夕食が遅く、洪作の遊んでいるところへ夕食を報せにおぬい婆さんがやって来るようなことはめったになかった。・・・』。
井上 靖 著 「しろばんば」 の書き出しであるが、この作品は昭和 37 年 10 月、中央公論社より刊行され、その後、文庫本で平成 21 年の 88 刷まで増刷されていますが、先日読了しました。
井上 靖の自伝小説で、5 才から旧制中学受験まで、軍医であった父の勤務地から離れて、伊豆は湯ヶ島に住み、前出のおぬい婆さんに育てられた。母の八重に捨てられたのか? 母の愛情知らない育ち方をした不安定な心理。洪作の目を通した老女の心と姿。この時代の日本社会特有の人物が描かれている。文庫本で 579 ページ、相当読みでのある小説ですが、ぜひ読んでほしい名作です。
先日、映画 「わが母の記」 を、湘南テラスの映画館で鑑賞しました。近年、老いた母親を演じたら、この女優をおいて、ほかにはいまい。その人は樹木希林。井上靖の自伝を映画化したのです。記憶を失っていく母親役を好演しているのが樹木希林。洪作の母、八重役です。『洪作は幼い頃、家族から離されて、曽祖父の愛人 〔おぬい婆さん〕 に育てられた時期がある。』・・・東京都内の井上の自宅を使った撮影は、『普通のセットに座るのとは随分違う。人が使っていたっていうのはこういうものか。私の演技も家に助けられた。』 樹木希林の新聞に掲載された談話。・・・誰にでも自分を産んでくれた母親がある。・・・人間の記憶・・・人間の感触・・・生々しさが鮮明に伝わってくる深い感銘がラスト。ぜひ鑑賞してほしい作品です。
今年の2月19日、コラム 〔第782回〕 ・ 「養之如春」 で、伊豆・湯ヶ島に立ち寄り 「伊豆近代文学博物館」 を見学したこと、展示の主役は井上靖であったことを書きました。 2 月から 5 月までの間、井上靖を文学博物館で詳しく知り、自伝小説を読み、自伝映画を鑑賞したわけです。故人でありますが、文化勲章を受章した偉大な作家に触れ、感動の余韻が続いた 4 ケ月でした。
*5月19日 ・ 午後 3 時、鎌倉市材木座に緑に囲まれた土地が約 500 坪ほどに、ゆとりある木造個人住宅がありました。持ち主が社会的に有意義な使い方をしてほしいと、社会福祉法人・鎌倉静養館 〔日本基督教団経営〕 に話が有り、改修して 「小規模多機能型居宅介護事業所」 として再生することに日比野設計がお手伝いし、「材木座あじさいの家」 として出発することになりました。ここを視察。
*午後 4 時、東日本大震災復興支援 ・ 「鎌倉静養館 クラシックコンサート」 が日本基督教団鎌倉教会の礼拝堂でありました。150人ほどで満席の礼拝堂に、パイプオルガン、ソプラノ&ピアノ、弦楽四重奏で1時間30分、演奏者が8mぐらいのところで熱演奏ですから、迫力充分で感動しました。
江ノ島 ・ 腰越海岸、鎌倉海岸などは初夏の陽気で、色とりどりのヨットの帆、サーファーたちが風と波を楽しんでいました。
ありがとうございました。
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- by 日比野満
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