持続的成長 〔千の100〕

 おかげさまで、コラムを千と100 回書かせていただきました。硬い話を硬い文章で構成したコラムでしたが、お客様はじめ広く世間の方々にも読んでいただき、誠にありがとうございました。浅学菲才の私ですが、続ける姿勢を社員に伝えたいという気持ちで書き続け、12 年を超えました。

 建築を通して社会のお役に立とうと、昭和 47 年に起業したわけですが、一人や数人では、現代の経済社会に充実した質の高い建築の成果を、スピード感を持って貢献できないと、当時から痛感していたのです。多くの人の力を必要と思い徐々に社員を増やしてきましたが、同時に、同じ方向を目指す人材〔財〕育成こそが、社会のお役に立つためには何より大切であると気が付き、創業 30 年を過ぎたころからコラムを書くことを始めたのです。

 お客様の満足と社会のお役に立つことを目標に掲げ達成するには、デザイン力、技術力を向上させることと併行して、役員・社員が「徳を積み」、「徳で物事を治められるように成る」ことが大切ではないか。それは、「人物を磨くことと、人物を創ること」が、原点であり、そういう歩み方に期待と願いを込めた、社員に毎週読んでいただくコラムだったのです。言わば、社員に向かっての私のメッセージでした。

 そういうコラムを毎週書くとなりますと、私自身が息切れ、ネタ切れになりますし、社員を育てようと思えば先に自ら学ぶことだと気が付いたのです。結果としてコラムを書くことが、ありがたいことに、社員と自分も共に育つことだと思うようになりました。ここから、何事も「一事一貫」とか「コツコツ」ということを、実践することができました。

 

*想えば、日比野設計は昭和 47 年 1 月 4 日に、決意も新たに厚木市戸室のアパートの一室で個人創業したのです。この年の 7 月 13 日が、法務局に株式会社設立を届けたわけで、法人化した創立記念日です。

 数年前からコラムの書き止めを意識していましたが、目標を千の 100 回と決めました。おかげさまで、創立記念日の週に最終回となりましたのは偶然性もありますが、昨年あたりから概ね計算もしていました。マラソンを走り抜いた気持ちですが、多くの方々に激励をいただいたから達成できました。今、心から皆様に感謝し、感激しているところです。

 

*私の好きな、『10 年偉大なり、20 年畏るべし、30 年歴史になる』という、鍵山 秀三郎さんの言葉があります。これは、個人にも法人にも、持続と言う大切なことを教えてくれています。

 個人においては趣味でも仕事でも、一つ決めたらやり続けることが何より大切であるわけで、まず、10 年続いたら確かに偉大ですよ。20 年続いたら、畏るべしとは、畏敬の念を表しているのです。これぐらい続いている人は、何かをつかんでいる人で、周りから一目も二目もおかれている人だと思います。

 3 年前の月刊誌「致知」に、編集長がこんなことを書いていました。『以前こういう話を聞いた。ある人が地方都市に旅行し、市役所の人に古くからある神社を案内してもらった。その神社は 50  年前に修復を行い、百の会社が協賛、寄付をしてくれた。さて、50 年経ったいま、そのうち何社が残っていると思われますか、と、市役所の人に質問された。読者の皆さんはどう答えるであろう。残ったのはたった一社である。それも業態を変えて残ったのである。では百年後に生き残れるのはどれくらいか。千社のうち二、三社が定説である。』・・・この類の話はよく聴く話で、起業した法人が 10 ~20 年で半分以上が廃業しているのは事実のようです。

 法人の持続は、企業価値を高め、社会に必要とされているか。人材が育っているか。財務内容が充実しているか。などで、30 年以上となれば歴史になるとは、なるほど当然です。

 日比野設計も多くのお客様によるご支援、社員の皆様の努力、建材メーカーや工務店の皆様のご協力で、創業 45 周年になりました。謙虚な気持ちで、少しだけ褒めていただいても良いかなと思っています。

 

*その点で、すでにコラム〔千の68〕「サスティナブル」でも書きましたが、企業価値を高め持続的成長をさせることが私の目標でもありましたから、「学びて習う」として復習しておきます。

 

*持続的成長〔サスティナブル〕について、『社会的な課題に企業もきちんと対応しなければ、サスティナブルではない。今はそういう時代に入っていると思う。ただし、そのことに気が付いていない企業もまだまだ多いのが現実です。社会的な課題はビジネスにとってはニーズです。社会的な課題にきちんと対応し、早期に解決していくことで、新たな需要、新たな経済活動、新たな産業を創出していくことができます。そういう意味では社会的課題をいち早くとらえ、課題解決に真剣に取り組むことは、企業にとって生き残るために必要なことなのです。』・・・元東大総長で三菱総研理事長の小宮山 宏氏の話ですが、私は見事な見識だと感動しています。これは何十年経っても企業の持続的成長に必要な先見性として、言い当てていると思います。

 

*今年の 6 月 20 日の日本経済新聞の記事で、テニス仲間が日比野さんの求めてきたことと同じでしょうと、親切にも切り抜きを渡してくれました。

 「経営の要諦」と題して、丸紅会長の朝田 照男氏のコラムの要約は、『経営のミッションとは、持続的成長を通じて企業価値を高め、全てのステークホルダーに報いることだと私は思っている。会社が発展・成長し、繁栄するために必要なことは何だろうか。風通しの良い組織の下に、如何に多くの社員がモチベーションを高め、自由闊達にやる気をもって行動するかではないだろうか。会社の繁栄とは、如何に多くのキラキラと輝く社員と、会社をより良くしたいという思いを共有するかだ。勿論、従業員を動かすには社長の強いリーダーシップが必要だ。しかし組織が大きくなればなるほど、社長一人だけでは組織は動かない。』・・・正に私の求めてきたことで、「経営の要諦」は人だ ! とする定義は、会社の大小を問わず最も大切なことと、大いに賛同するところです。

 

*最後に書きたいことは、冒頭で書きました「徳を積む」「徳で治める」ということです。千 100 回のコラムで一番多く書いたことはやはり「徳」のことでした。

・07-09-08 ・〔第219回〕・「徳と集団」

・07-10-07 ・〔第233回〕・「母の徳」

・08-03-19 ・〔第314回〕・「徳は得なり」

・09-03-20 ・〔第462回〕・「徳と人物」

・11-04-16 ・〔第712回〕・「徳に基づき」

・14-11-08 ・〔第999回〕・「人に長たる者の人間学・・その3」

・15-02-22 ・〔千の16〕  ・「徳は得なり」       ・・・以上 7 回書いています。

 

*「徳」とは中国では古来から「仁」「義」「礼」という三つの言葉で表していました。

・「仁」とは、他を慈しむこと。・・「恕・じよ」を含めて。

・「義」とは、道理に敵うこと。・・「公私混同」しないことを含めてやっぱり正義です。

・「礼」とは、礼節をわきまえていること。・・親・兄弟姉妹・恩師・友人・先輩・後輩・お客様など関わる方々全てに。

 

*〔第462回〕で書いたことですが、『若い方々にはまず、ご両親の「徳」に触れ、親孝行として「徳」のお返しをしてほしいと思います。これは「心」であり、「心」のある温かい言葉から始まるのです。建築を志す者、職業として歩み出した者、「徳」の何たるかを「知る・感じる」ことが成長の証となると思います。感性を磨いていけば、お客様の「徳」に触れ、感動をいただくことが多くなり、最高の人生を歩めることになると思います。』・・・やっぱり人生は「徳は得なり」に尽きると役員・社員に伝えたいのです。

 

*経営はトップの器で決まる・・・『〔第712回〕で書いたことですが、「企業経営においても、長く繁栄を続ける企業をつくりあげていこうとするなら、「徳」で治めていくしか道はない」と、稲盛 和夫さんの言葉を引用しています。これを言い換えれば、経営者は人間としての器、自分の人間性、哲学、考え方、人格を磨けということですが、確かに会社経営者でも、政治家でも少しばかりの成功で謙虚さを失い傲岸不遜、私利私欲の追及に走ることで、せっかく手にした成功を失っているケースがままあります。いまこそ、賢人達の知恵に学び、「徳」ということの大切さを理解することが大切です。』・・・その通り、会社の経営はトップと経営陣の器で決まるのは当然です。

 

*建築家は一代ですが、会社は何代も何年も持続させねばならぬとする考え方が、私の経営哲学でした。自分の気力体力の衰えが、会社の衰えと同じ下降線を辿るようでは、お客様に対して、社会に対して、働いている社員達に失礼であり申し訳ないことで、そのためには、常に魅力ある会社として持続が必要です。それは、「徳のある社員集団が社会的課題に挑戦を続ける」「過去・現在・未来につながるお客様や社会との連携」「安定した財務内容」などが、企業価値で、いつの時代でも有能な者に経営のバトンを渡せる、これが「持続的成長」する会社だと考えます。日比野設計は創業時代から「未来を創る」と指針を掲げました。それは「お客様の未来を創る」であり、「社員の未来を創る」ことなのです。今後の「持続的成長」のために、この指針の持続を期待します。

 

*7 月 8 日〔金〕午後 7 時・藤沢市民会館大ホールにて、デビュー 30 周年のフルートの山形 由美と、スイスはローザンヌの室内オーケストラ「カメラータ・ド・ローザンヌ」の共演があり、妻と娘が招待してくれました。私のコラムが千願を達成した内輪の祝いをしてくれました。ありがたいことです。

 最後のコラムを書き上げ閉じようとしていましたら、昨年の入賞に続き今年も、「2016・キッズデザイン賞」に 6 件のプロジェクトが入賞したとの報告がありました。「幼児の城」ブログをご覧ください。これらの業務は私の引退した後の仕事で、新しい役員であるチーフやそのスタッフ達が取り組んだ成果であり、快挙です。確実に弊社の人員が成長している一つの証で、大変うれしく思っています。今週は創立記念日を祝うことと、新しい「幼児の城」7 号の出版を祝う行事があり、花を添えることになりました。  

 

 長い間読んでくれまして、ありがとうございました。最後にまた硬い話になりましたこと、恐縮です。多くのお客様、社員の皆様、建材メーカーや工務店の皆様に、心から感謝し、お礼を申し上げます。法人、個人の皆々様が、「健体康心」であり、繁栄が持続することを祈ります。今後の日比野設計を見届けくださり、ご支援のほどよろしくお願いいたします。・・・日比野 満コラム・完


三省 その2 〔千の99〕

 13 年前の月刊誌「致知」の 7 月号に、「反省ある日々をおくる」と題する、京セラ名誉会長の稲盛 和夫さんのコラムがありました。前回のコラムは「三省」でしたから、「省」についてまた別の角度からの視点がありましたので、この辺りの事を学ぶことにします。

 

*私は洗面するときに、猛烈な自省の念が沸き起こってくることがあります。例えば、前日の言動が自分勝手で納得できないときに、「バカモンが !」などと、鏡に映る自分自身を責め立てる言葉がつい口をついて出てくるのです。最近では、朝の洗面時だけでなく、自宅やホテルの部屋に戻り、寝ようとするときに、思わず「神様、ごめん」という「反省」の言葉が自分の口から飛び出してきます。

 「ごめん」とは、自分の態度を謝罪したいという素直な気持ちと共に、至らない自分の許しを創造主に請いたいという私の思いを表しています。このことを私は、自分自身の「良心」が、利己的な自分を責め立てているのだと理解しています。・・・ここまでは稲盛さんの言葉ですが、すごいですね。企業を起こし、大企業に成長させ、グループで何万人かの雇用を実現させ、人と製品を通して世のため人のために貢献している方が、「反省ある日々をおくる」という生活姿勢なのです。

 

*「反省」をするということは、そのように、ともすれば利己で満たされがちな心を、浄化しようとすることです。私は「反省」を繰り返すことで自らを戒め、利己的な思いを少しでも抑えることができれば、心の中には人間が本来持っているはずの美しい「利他」の心が現れてくると考えています。人間の本性とはもともと美しいものです。「愛と誠と調和」に満ち、また「真・善・美」、あるいは「良心」です。人間は「反省」をすることで、この本来もっている美しい心を開花させることができるのです。私自身を含め、人間は誰しも完璧でありえず、時には間違いを引き起こしてしまいます。しかし、そのたびに素直に「反省」し、再び同じ誤りをしないように懸命に努めていく、その日々の繰り返しが少しづつ人間性を高めてくれるのではないでしょうか。・・・前回のコラム「吾日に我が身を三省す」という論語の教えに通じるわけですが、稲盛さんの言葉にして、説得力があり感動するところです。先哲の生き様をまねたいものと思います。

 

*私のコラムも残すところ後一回です。設計事務所を経営してきまして、振り返って言えることは、デザイン力、技術力が上達しても、制度方法を論じても、その人にあらざれば行われ難し、ということです。『あらゆる仕事・事業は人物に尽きる。担当する人間の人物いかんが仕事・事業の盛衰を決める。事業は人業〔じんぎょう〕といわれる所以。

 私が役員・社員に「人物を磨け、人物を創れ」と言ってきたのはここにあるのです。』・・・多くの先哲が伝えてくれることに、「天下の本は国にあり、国の本は家にあり、家の本は自分自身にある」とありますが、社業を充実させて「世のため人のために尽くそう」とするならば、人を第一の玉〔宝〕として位置づけ、「玉は磨いてこそ器になるし、人は練磨によりて仁となる」と、私は思うのですが、理解いただけるでしょうか。

 

*来週は「株式会社 日比野設計」の設立記念日〔7 月 13 日〕のある週です。来週のコラム〔千の100〕で、最後にいたしますが、何を書くかはすでに決めています。また読んでください。

 

ありがとうございました。


三省 〔千の98〕

 世界中が大騒ぎの事で誰しもが知っていることですが、記録上書いておきます。日本時間 6 月 24 日〔金〕午後 2 時頃ですが、英国が EU から離脱するか残留するかの国民投票の結果が、離脱するが 51.9 %、残留するが 48.1 %で、離脱が決ったとの報道がありました。その差 3.8 %で票差では約 126 万票ほどです。前日までは残留派が僅差で勝つとの予想でしたが、結果は逆となりました。すごいですね。その後英国内の混乱が続いているわけで、残留派の再選挙を要請する署名が200万人を超えたなど、どうなることでしょうか ?

 世界の経済はつながっているとは承知をしていましたが、日本株式や米国株式、ドイツ、フランスなどの株式が負の連鎖暴落となり、日本経済新聞が試算した報道によれば、世界の株式価値が24時間で、330 兆円ほど失ったとのこと、日本株式の下落幅では、戦後では 10 番目とか、驚きです。さて、株式市場を開設する世界の国々でどの国が立ち直りが早いか注目です。

 

*さて、前回のコラムの最後に「省・かえりみる」ことが何よりも大切であると書きましたが、月刊誌「致知」の 7 月号が届き、論語普及会学監・伊與田 覺先生の、「吾日に吾が身を三省す」と題しての小論文がありましたので、要点を書いてみます。

 

*「吾日に吾が身を三省す」とは、孔子の弟子・曽子の言葉で、「私は毎日自分を三省、つまり度々省みている」というわけです。「省」というのは振り返って反省するというだけでは十分ではなく、良いところは残し、悪いところは省いていくことが大切である。省みるだけで、省くという行動が無ければ 50 点にしか達しないとのこと。これ、「不易流行」に通じるわけです。孔子の時代と芭蕉の時代では 2 千年も隔たりがありますが、道の極意は時代を超えても共通のようです。

 

*さて、日本の明治時代に新政府が国の役所に「省」を付けまして、現在まで普通で自然なこととして使われています。例えば、国土交通省、文部科学省など、「省」の字がついているのも、省くという意味合いが込められており、社会の発展に従い物事が複雑になっていくのを省いていくことが大きな役割の一つともいわれています。一度決まったことや昔からあるものを、変えたり無くしたりするのは容易なことではありませんが、役所も会社もそして個人も、守るものは守り、省くものは省くという意識を常に忘れてはならないと思います。

 

*想えば、近代建築の歴史においても、装飾主義から機能主義へと変わってきましたが、現代建築は意匠・構造・設備など、新技術や新建材を含めて、総合コストを読みながら、人々に必要なものと、不必要なもの「省く」を、見極めながら使いやすくて美しい建築を構成するのが専門家及び専門家集団の大きな役割だと思っています。

 

*前回のコラム「利より信・・・省みる」に、二つ加える論語があり、一つは先の教育講演会の石川理恵子さんの「女子の武士道」の中にも引用されていました。子曰く、『利によりて行えば、怨み多し』: 孔子が、利益ばかりを考えて行動したら、人の恨みを受けることが多い、と教えてくれています。

 もう一つは、子曰く、『君子は義に諭〔さと〕り、小人は利に諭る』: 孔子が、君子はいかにして正義を行うかを考え、小人はいかにして、利益を得るか、儲かるかを考える。「義」とは、正しいということ、道にかなっているということ、と教えてくれています。

 

ありがとうございました。


利より信・・・省みる 〔千の97〕

 先週のコラム「小さなことの積み重ね」の中で書きましたことですが、イチロー選手がやってくれました号外が出るほどの偉業に、私は心から称えたいと思います。今週は東京都知事の「政治資金問題による不祥事」による辞職という号外も出まして、二つの号外が出る誰もが忘れられない日々となりました。今日は舛添 都知事の辞職について触れてみたいと思います。

 

*皮肉な見方をすれば、日本は民主社会であることを証明したわけで、1300 万人の代表である都知事を、都民の声を伝えるマスコミの連日の報道と、都民の代表である都議会の追及によって辞職させたのです。

 

*それにしましても、「セコイ」という言葉を国際語にしてしまったのはこれも皮肉なことで、「公私混同」なる生活姿勢は「身から出た錆」で、これに説明責任を果たせず、都民の 90 %が辞職してほしいという街頭アンケートの通りになりました。

 

*ここ何回かのコラムで、孔子の言葉である「無信不立」について書きましたが、同じ趣旨で 2015-02-15 に、〔千の14〕「利より信」を書いています。『「利より信」を選べば、世間が応援する。・・「信」はこの世において人の最高の財である。・・「徳」を実行したならば、幸せをもたらす。・・「信」こそ、この世を渡る貨幣である。・・「信」無き会社はたちまち潰れる。「信」を失った組織はすぐに崩れ去る。・・これが人の法則であることを、次の世代の人達と子ども達に伝えたい。特に会社の経営者や政治に携わる人達、そして公務員は「利より信」を選ぶ勇気を「人生の戒」としてこれを持つようにしてほしい。』と書きましたが、これは高木書房出版・北川八郎著「あなたを苦から救うお釈迦さまのことば」の中にある名言です。

 

*納税している都民の誰しもが、知事は「セコイ」よ ! と、言うのは当然です。私生活の用品あれもこれもの数々が公金で処理する姿勢は驚きで、空港で買った中国服や趣味の美術品や文房具などに私は大変驚きました。また、高額な豪華海外出張が大名旅行風で、ファストクラスやホテルのスイートルームなど、都民の生活感覚から大きく乖離しているわけで、これは驕りです。かって成功者であった政治家や会社経営者、プロスポーツの勝利者などが失脚する時、下降線をたどり始める時は、決まって驕りから始まっていると、先人の教えてくれるところですが、過去の私のコラムでも何回か書いてきたことです。

 

*舛添 知事の辞職の言葉が「私の不徳のいたすところ」とありましたが、最後に「徳」が無かったとか、「信」が無かったと、気がついたわけで、「徳」とか「信」とかは、頭の良し悪しとか学校教育の勉強とは違うところにあるのでしょうか、舛添さんは東大で学び東大の准教授にもなり、それも政治学を修めた人なのです。政治学というのは何を学ぶのでしょうか、与野党の駆け引きや政治資金の使い方を学ぶのでしょうか、「政治は民のためにある」「より多くの人々が幸せになるために政治がある」と、思うのは私ばかりでしょうか。残念・無念というところです。

 2015-02-22に、〔千の16〕「徳は得なり」でも書きましたが、私の千篇のコラムの基本的な心は、役員・社員、皆で「徳」を身につけよう、人間力を磨こうとする学びのためで、今後も社会の出来事から「省・かえりみる」ことにより、私も役員・社員の一人ひとりは、まだまだ道半ばだという意識で歩みたいものと思います。

 

ありがとうございました。


小さなことの積み重ね 〔千の96〕

 あと 10 日ぐらいの間に、スポーツのことではありますが、日米で大騒ぎとなるニュースが届くような気がします。ほかでもないイチロー選手〔42〕の活躍です。あの有名なピートローズの持つメジャー歴代一位の 4256 安打まで、日米通算であと5本としたのです。当日のTVニュースや翌日の新聞などでは大騒ぎでしょうから、別の視点で先に書いておきます。日米通算ですからアメリカの正式な記録にはならないと思いますが、それは別にして偉大な記録には米国民も認めることでしょう。メジャー通算で 3000 本まであと 27 本で、8 月ぐらいには達成するでしょうし、この打者の記録だけでも野球の国アメリカでも 30 人ぐらいで、これらはみな殿堂入りしている名手ばかりです。

*イチロー選手が 3 年前の 8 月 21 日に日米通算 4000 本安打を達成したときは、その瞬間、観客は総立ちになり、チーム仲間と対戦相手の選手達はベンチから飛び出し、一塁塁上のイチロー選手を祝福しました。試合はしばし中断し球場全体が大きな感動に包まれました。この映像は多くの方々も記憶していると思いますが、私も鮮明に憶えています。今年これから達成する瞬間は、日米両国民が前人未到の偉業を大きく称えることでしょう。

*このことにイチロー選手は『小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただ一つの道』と言いましたが、道を深めた人の見事な一言ですが、才能の上に日常生活における体の手入れや準備する姿勢があると思います。こんな大偉業でなくても、誰でもが自分の職業の世界で「コツコツ」やれば、友人が、家族が、会社が、お客様が称賛してくれることはあると思います。「一事一貫」して積み重ねることの可能性を、イチロー選手が教えてくれているのです。

*さらに一道を深めた人で、以前のコラムにも書きましたが、京都大学の元総長・平澤 興氏の言葉に、『努力することの本当の意味は人に勝つということではなく、天から与えられた能力をどこまで発揮させるかにある』・・・それぞれに味わい深い言葉です。

*どんな職業でも担当する仕事において、自己を深め、人生を深めていくことはできると思います。どうすればよいか。
第一は、よしやるぞ ! という決意。決意無くして何事も始まらない。
第二は、優れた先達を見つけること。学校では教師、監督やコーチ、先輩。会社では先輩社員の教えを「学びて習う」ことである。どんな偉人や名手でも独りでは大成した人はいない。
第三は、先に書いた「コツコツ」「一事一貫」である。○○バカと言われるぐらい無我夢中になることで、「見えないものが見えてくる」と先達がよく言うことです。

*コラム〔千の94〕「人生の道しるべ」で不易流行のことに触れましたが、今一度確認しておきます。「不易」とは、変わらないということ。時代がどんなに変わっても不変なものがあります。「万古不易」ということ。「流行」とは、時と共に移り変わっていくもの、また変えていかなければならないもののこと。・・・俳人芭蕉は奥の細道の旅で、この言葉を体得し、発句の理念とした。
 『不易を知らざれば基立がたく、流行をわきまえざれば、風あらたならず』・・・何事にも通じることですが、私は建築設計の道にも大切な教えと昔から思っています。

*政治の「不易」とは、「無信不立」でなくては成り立たないという孔子の教えです。舛添東京都知事のことは、連日の報道で大騒ぎです。今朝の某TV局の都内街頭アンケートでは、100 人中 99 人が辞任を求めています。これまでのマスコミや都議会の応答など、「公」の意識が足りなく、「厚顔無恥」の極りで、これから都議会の集中審議で出処進退を問われることになるでしょう。「公私混同」は「ダメヨダメダメ」! 会社経営においても、役員・社員は皆、これに学ぶことが大切です。

ありがとうございました。

教育講演会 〔千の95〕

 平成 28 年 6 月 4 日〔土〕・ 創立 50 周年の学校法人湘南やまゆり学園が、神奈川県内 8 ケ所の拠点で幼児教育の充実した成果をあげていますが、県央地域のその一つ、伊勢原市内で運営する「認定こども園  中央マドカ幼稚園」を会場にして、幼年国語教育会を主宰する登竜館が、「第 9 回幼稚園・保育園 教育者サミット 21  in 神奈川」を開催。「寺子屋環境の継承と創造」というテーマで、園舎見学や公開授業、講演会などがありました。全国の幼稚園や保育園で働く教師や保育士の皆さんが200人ぐらい参加されていました。
 
*私が拝聴し感動しましたのは教育講演会で、作家の石川 真理子さんの「子に与えるのは物より心」という話でした。石川 真理子さんは、月刊誌「致知」にも時々登場していますが、致知出版社刊の「女子の武士道」「勝海舟 修養訓」の著者で有名です。90 分の話は「女子の武士道」の内容について話されました。
 
*石川 真理子さんの先祖は米沢藩の藩士。米沢藩と言えば上杉鷹山が若くして家督を相続しますが、当時の米沢藩は多額な借財をかかえて大変苦しい財政で、大倹約令を発令し自ら質素倹約に努め、同時に殖産興業にも力を注ぎ、見事財政を立て直したと伝えられていることは歴史上も有名な話です。現代になって不況時代の経営の鏡のように持てはやされたことも有名です。

*武士の家庭で育った石川さんの祖母は、厳格な武家の娘としての躾を受け、明治・大正・昭和という激動の時代を生きました。その祖母と 12 歳まで共に暮らした石川さんは、「人としての心得」「女性としてのありかた」を学んだ。それはまさに武士道であったこと、武家の娘の矜持そのものであったことを 20 代も半ばになって知りました。・・・そういう話ですが、これらの教えは女子も男子も同じく「学びて習う」ことだと私は思いました。要点をまとめてみます。

*朝の挨拶・・「おはようございます」の後、「今日も命がありましたね」「気持ちの良い朝だね」「顔色が良いね」「何か良いことありそうだね」とか、何か一言添えることから一日がはじまることが大切。

*表情と姿勢・・その人の姿勢を見ればどういう生き方をしているかが解る。・背骨をピンと伸ばすこと。森 信三先生が「腰骨を伸ばせ」と教えていることに通じる。・表情によって人を楽しませたり、不愉快にさせたりするから、常に自分に向き合い、笑顔が大切。・・・どんな職業の社会人にも通じることです。

*克己心・こっきしん・・武士道が目指すのは、己の弱さを克服することです。辛抱できる強い心のことを「克己心」というのです。子どもに幸せになって欲しいと願わない親はいません。その願いを叶える方法は、「克己心」を育むこと、これに尽きると思います。子どもが欲しがる物を何でも与えるのはいかがでしょうか。今の世の中は物が溢れています。大人は子に物を与え過ぎだと思います。数少ない与えられた物で遊ぶ工夫から、想像する力・創造する力や心の豊かさを育てることができると思います。我慢をさせることも「克己心」を養うことです。社会に出ればむしろ思い通りにならないことの方が多いものです。・・・賛同です。

*「公・おおやけ」・何事も公の精神を基本にしなさい。現代は私や個を優先し過ぎる。勿論自分を大切にすることも大事であるが、公を基本にしていれば、自分も生かされてくる。・才能を世のために使うのが仕事。・何をすれば世の役に立つか、それを考え行うのが仕事です。・利益ばかり追ってはいけない。才能というのは誰にでも与えられているものです。けれどもそれは自分だけが得をするためにあたえられているものではありません。世のため人のためにすることを与えられているのです。人に喜んでもらうことをする、これこそ「公」であるわけです。・・・なるほど、その通りです。

*参会者は教師や保育士ですから、教育とか保育という「公」の仕事です。育つ子どもによって日本の未来が決まるのです。教育・保育は私事にあらず、公事であり天に事〔つかえ〕る職分なり。・・・なるほど。

*講演会の報告はこれぐらいにしておきますが、「女子の武士道」の一冊にはまだまだなるほどという話が盛り沢山ありますので、多くの方々に読んでいただきたい一冊です。教師や保育士の女子に対する話ではなく、どんな職業の男女の方々にも「公」の意識は必要だと思います。特に私達、建築設計に従事する者には必須のことで、私が過去のコラムで何回も「社会のお役に立つ仕事」を皆で実践しようとしてきたことは、まさに「公」のことなのです。大いに賛同することばかりで、感動をいただいた教育講演会でした。「凛として生きる」姿の石川 真理子さんに、多くの参会者は魅了されたものと思いますが、私もその一人です。

ありがとうございました。


人生の道しるべ 〔千の94〕

 月刊誌「致知」は創刊 37 周年とのこと、雑誌業界はあの雑誌もこの雑誌も苦戦しているようですが、「致知」は読者数が4万8千人を超えたようです。すごい ! 私も読み続けて 25 年になりますが、編集の視点と経営の姿勢が違うのが私にはよく解ります。時の話題に編集の視点が偏らず、むしろ「不易流行」の人間社会の不易なこと、「絶対不変の真理が厳然とある」という視点で毎月編纂していることだと思います。

 例えば、まず「人は必ず死ぬ」とか「人間の幸福」という視点。 次は「自分の人生は自分しか生きられない」ということ。 第三は「人生は一回限りである」ということは、再演することができないこと。 第四は「この悠久の宇宙において自分という存在はたった一人しかいない」ということは、過去にも未来にも自分と同じ人間は生まれていないし、これからも生まれてこない。・・・こんな視点で毎月人間力豊かな有識者を登場させて語らせています。苦労して苦労を重ねて他人様に語れる人生になったという人物は、皆それなりになるほどという「人生の道しるべ」を持っています。

*こうした先人・偉人の作品・図案、文章、研究結果、商品などはそっくりまねてはいけませんが、こうしたものが生れてきた努力の過程や生き様はまねるべきかと思います。それが「学びて習う」という世界で、やがて独自の道が開かれてくると思います。そういう意味で内外の先人・偉人やその歴史に学ぶことは大切です。私はそうした先人・偉人の伝記やドラマが大好きです。

*安岡 正篤師の「心を養い、生を養う」一日一言集の 5 月 30 日に、「傳家寶・でんかほう」という教えがあります。古くても今日の教えのようです。要点を書いておきます。

* _罎幸福は祖先の遺恵、子孫の禍福は我が平生の所行にあること。

  ◆(神検Ω覆鮠覆漾過ちを改め、事理を正し、恩義を厚くすべし。百薬も一心の安きに如かず。

   良からぬ習慣になれるべからず。人生は習慣の織物と心得べし。

  ぁ\功は常に苦心の日に在り。敗事は多く得意の時に因ることを覚るべし。

  ァ〇の前に在りては怠情、事に当たっては粗忽、事の後においては安逸、これ百事成らざる所以なり。天才も要するに勤勉のみ。

  Α〕儖媼到なれば機に臨んでも惑うことなし。信心積善すれば変にあっても恐るることなし。

  А”埒兇寮鎖澄頽廃せる生活の上には、何ものをも建設するに能わず。永久の計は一念の微にあり。・・・なるほど、すごいですね。堂々たる「人生の道しるべ」です。

*舛添 要一東京都知事のこと・私は神奈川に住んでいますから、東京都知事に関することはどうのこうのと言えないのですが、日本の首都は東京ですし、1300 万の人々が住む都市とか年間予算にしても、世界の国々と比較しても一国に値するわけです。最近の新聞やTVニュースから学んでおくことが大切と思いました。それは「公私混同」はだめだということです。どんな会社でも私生活の経費と会社の業務上の経費は分別は当然です。家族と出かけた正月の温泉旅行の費用が、政治のための会議費だとは・・・こんな会計処理があるわあるわと出てきます。会社の代表者がこんな会計処理をすると社員が皆それに倣い、やがては倒産するでしょう。
 改めて論語に学ぶとすれば、過去にも書きましたが、「無信不立」です。弟子が孔子に「政に大事なのは何ですか」と尋ねました。すると孔子は、国民が十分に食べていけること。防衛が十分にできること。民が政治を信用すること。の、三つが大事だと答えました。弟子はこの三つの中で最も大切なことは何かとさらに尋ねました。孔子は「国民の信がなくなったら話にならんよ」・・・最も大切なのは「信」である。・・・舛添さんは第三者に厳しく調査してもらうとのこと。第三者とは弁護士であるとのことですが、自分で選び自分で調査費を払うとのこと。弁護士の業務は依頼者の味方になって弁護するわけです。変ですね。・・・これは悪例の「人生の道しるべ」です。「襟を正しましょう」。

ありがとうございました。


若冲展 顛末 〔千の93〕

 若冲展を観ようと、2016-5-21〔土〕午後 2 時、JR上野駅を降りました。久しぶりの上野公園ですが、駅前の前川 国男設計の「東京文化会館」が 50 年も経つのに実に美しいのに感動しました。

*前川 国男の師であるル・コルビュジェの作品「国立西洋美術館」が右手に見えます。これまた実に美しいプロポーションです。師と弟子の作品が向かい合って同じエリアに建っているのも、近代建築の歴史からしても語り草だと思います。

*「国立西洋美術館」と言えば、5 月 17 日にユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議が、ル・コルビュジェの設計した7 カ 国 17 件の建築作品を世界文化遺産に登録するよう勧告したと発表し、翌 18 日の新聞には大きく報道されました。正式には 7 月に世界遺産委員会で決まるようです。

*若冲展は「東京都美術館」で開催中ですが、先日、NHK-BSで生誕 300 年記念の特集が放映され、全国の美術愛好家などを驚かせたのでしょうか、私も描かれた動物、植物、虫など、若冲の心の目で見た描き方に大変驚きました。早速妻と出かけたわけですが、駅前の案内人のプラカードには、180 分待ちとありました。聞くところによると全国から鑑賞者が連日訪れて大賑わいとのこと。
 若冲展と世界遺産で、晴天の上野公園は老若男女、人また人で大賑わいでした。

*無理と承知で「東京都美術館」前に立ちましたが、横 4〜5 人で何百m?長蛇の列、3 時間も待てば日が暮れてしまうわけで、方向転換、後日どこかで移動展があることを期待し、作品集を売店で求め、「上野の森美術館」に向かいました。

*「上野の森美術館」では、「日本・ブータン外交関係樹立 30 周年記念事業」として、「ブータン展」を開催していました。あの、幸せの国ブータンについては、多くの方々も承知をしていると思いますが、「しあわせに生きるためのヒント」をテーマに、生活様式、仏教と信仰、愛されるブータン王室など、「国民総幸福」を提唱した国でもあり、色々と勉強になりました。

*ブータン王国と言えば、去る 5 月 11 日に、ブータン王子らが神奈川県庁を訪問し、黒岩知事と会談したとのこと。知事は「東京五輪に非常に近く、多くの競技施設、宿泊施設があり、事前キャンプにふさわしい場所」とアピールしたようです。王子らは 12 日に「県立伊勢原射撃場」や「箱根町総合体育館〔レイクアリーナ箱根〕」などを視察したとのこと。うれしいですね。私たちが設計担当した、「箱根町総合体育館〔レイクアリーナ箱根〕」を、東京五輪のキャンプ施設として使っていただけることを検討していただいているとは。

*「上野の森美術館」を後にして、不忍池の美しい蓮の群生を見ながら歩くこと 20 分。「旧岩崎邸庭園」を観ることにしました。すでに 4 時、閉館まで後 1 時間です。「旧岩崎邸庭園」は明治 29〔1896〕年に、岩崎彌太郎の長男で三菱第三代社長の久彌の本邸として造られました。設計はジョサイア・コンドルです。コンドルはロンドン生まれ、明治 10 年に日本政府の招聘により来日し、工部大学校造家科〔現・東大建築学科〕の初代教師に就任し、西欧式建築教育を行い、門下生に東京駅を設計した辰野 金吾などを育てました。先のル・コルビュジェと弟子の前川 国男、坂倉 準三、吉阪 隆正、丹下 健三などや、ジョサイア・コンドルと辰野金吾など、外国人師匠とそれぞれの門下生で、日本の近代建築の基礎を築いた歴史は不滅です。

*それにしましても、150 年続いている見事な三菱の歴史ですが、日本の近代産業の一端を担った歴史でもあることは不動の事実です。視察中に皮肉にも三菱自動車の燃費不正問題などを思い出し、岩崎 彌太郎や久彌が天で泣いているのではと思いました。
 「旧岩崎邸庭園」のこと、多くは書けませんでしたが、興味のある方々は上野公園を散策し、その後、訪ねてじっくりと歴史に想いを紡いでください。

ありがとうございました。

健体康心 〔千の92〕

 コラムを千回書いて 10  年、何事も「継続は力」「一事一貫」と、創業来社員の皆さんに説いてきたわけで、唱えている私本人が、続けないとか一貫しないとかでは説明がつかないわけで、「三日坊主」と後ろ指を指されたくない一心で書いてきたという一面もあったのは事実です。しかし、何よりも会社経営において、お客様の建築を創り続け、守るためにはこの業務を続けることが大切で、それには役員・社員共々に歩み続ける必要があるのです。そのためにはデザイン力、技術力の充実向上と併行して人間力を養い磨く必要があると考えてきました。創業から 30 年ぐらいまでは、毎週の会議で社会の出来事を解説したり、デザインや技術のことを含めて語り続けてきました。役員・社員の皆さんも十分に理解の上で社業に励んでくれました。
 12 年ほど前からコラムを先に書いて、会議に資することを思いつき、コラムを解説するようになりました。文字化することは記録に残りますし、私自身でコラムをファイルし、時々振り返ることにしています。最近感じています役員・社員の資質向上は、お客様から寄せていただく信用と、個々の作品の質の向上も具体的になってきたことで、コラムを書き続けてきた意味も含めて共々喜んでいます。それでもこうした業務の行きつく先に終わりはないわけで、油断せず、気配りと目配りをやり続けなければなりません。またまた、何事も「継続は力」「一事一貫」ということに行き着くわけで、役員・社員の皆さんに大いに期待するところです。

*千回の時に「千願達成」で書き収めと考えていましたが、もう少しという声もいただき、後 100 回と目標を立てましたから、今回のコラムは「千の92」ですから後 8 回で収めますので最後まで読んでください。その後、千100 篇の中から 100 選集の小冊子を半年ぐらいかけて編集し、毎年の新人教育研修に使っていただこうと考えています。

*表題の「健体康心」は、前回のコラムの最後に書きました。
ものの本に『健康とは、健体〔すこやかな体〕と康心〔やすらかな心〕のことである。体を健やかに保つこと。それは天地から体を与えられた人間の務めである。そしてそれ以上に大事なのが、心を康らかに保つことだ。体が丈夫でも心が康らかでなかったら、健康とはいえない。いや、たとえ体が病弱でも心が康らかなら、生命は健やかである。これは人間個々から小さな組織、国家まで、あらゆる生命体にいえることであろう。』と、書いていますが、なるほどその通りだと思います。

*良い仕事、難解な仕事、期間の厳しい仕事、予算の厳しい仕事、お客様の要望が多岐であること、大きな仕事などに責任を背負って取り組むには、「健体康心」でないと務まらないと若い頃確信を持ちました。「健体康心」と建築をつくり続ける実践。

*75 歳にして、恥ずかしながら少し自分のことを振り返りますが、何よりも両親に感謝です。丈夫な体に産んでいただきました。小学 4 年生の頃、父親が剣道をやってみたらどうかと古道具屋で防具を買ってくれました。折々に良き師範に指導を受け、その後 30 歳まで剣道を続けました。おかげさまで、高校剣道では全国大会に、大学剣道では学生選手権にそれぞれ出場しました。〔 30 歳の時 4 段に合格〕20 歳代は少年剣道を指導しました。30 歳で会社を興し、社員の皆さんと共に草野球チームをつくり 10 年間地域のリーグ戦に出場を続けました。40 歳からテニスを始め現在まで 35 年続いています。最近は出社が月 1~2 回になりましたので、週 4 回の午前中はコートに出かけますし、ほぼ毎日入浴も兼ねて、夕方整備運動のつもりでスポーツジムに通い、体の基礎的な手入れをしています。
 『打って反省、打たれて感謝』という剣道の教えがありますが、これはテニスにも通じますし、上には上があり、幾つになっても学びて習うことは、また楽しいというところです。
 食生活においても、いつも美味しく一日 3 食をいただきますし、妻が栄養価のバランスを考えてくれます。酒は薬の役割 ? です。たばこは断煙して 17 年経ちました。
 康心においては、何よりも趣味は読書です。月に小説を 2~3 冊、歴史小説、経済小説、推理小説など乱読。月刊誌、週刊経済誌、新聞 2 紙なども目を通しますし、気になる記事は切り取ってストックしています。

*役員・社員の皆さん、急がなくてもいいのですが、日頃の忙しい業務から月に数回は心身を解放して、「健体康心」を心掛けてください。社会のお役に立つ良質な建築は、担当する皆さんが、「健体康心」であってこそ誕生するのです。すばらしい建築人生を築いてください。
 安岡 正篤 師の言葉に、『・欲を少なくして惑〔まどい〕を医〔いや〕す。 ・事を省いて忙を医す。 ・書を読んで俗を医す。』などの教えがあります。

*先にアメリカ建築雑誌社から受賞したと報告いたしました件、社長がニューヨークに招待された会場の写真が、「幼児の城ブログ」に掲載されていますのでご覧ください。

ありがとうございました。
 

青春 〔千の91〕

 8 年前の月刊誌「致知」に松下政経塾を開塾した時の逸話がありました。開塾したのは松下幸之助氏が 86 歳の時で入塾式のあとで、住友銀行の頭取を務めた 81 歳の堀田正三氏と、「5 年間の修養でどんな人物が育つだろうか」と楽しそうに語り合っていた。同席した住友生命の社長を務めた新井正明氏は、自分の年齢を忘れて 5 年後に希望を燃やすお二人の姿に感嘆した、と言われていた。・・・すごい話だと思います。86 歳にして入塾した青年を教育し、人物に育つことを期待する心意気に私も感嘆するところです。
 その松下幸之助氏が愛唱してやまなかったのが、サミュエル・ウルマンの「青春」とのこと、ここに訳文がありますので好きなところを要約し、学んでおきたいと思います。

*青春
 青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ。優れた想像力、逞しき意志、燃ゆる情熱、怯懦〔きょうだ〕をしりぞける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春というのだ。年を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
 歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こういうものこそあたかも長年月のごとく人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。年は 70 であろうと 16 であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
 中略
 人は信念と共に若く、疑惑と共に老いゆる。
 人は自信と共に若く、恐怖と共に老いゆる。
 希望がある限り若く、失望と共に老い朽ちる。
 大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。
 これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までおおいつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ人は全くに老いて神の憐みを乞うる他はなくなる。

*サミュエル・ウルマンのすばらしい詩を、すでに承知をしている方々も多いかと思います。私も『我が社の若い役員、社員に 5 年でどれだけ人物として成長するだろうか、個々人と同時に、法人として社歴と伝統を築き重ねながらもいつまでも若々しく、どれだけ社会のお役に立つだろうか』と、期待をする 75 歳の一人です。自らも先々を観ることのできる「健体康心」を保ちたいと心掛けるところです。

ありがとうございました。
 

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