研修旅行 〔千の65〕

 毎年の秋には社員の資質向上と休養を兼ねて一週間ほどの研修旅行を実施していますが、今年は春からタイのバンコクとパタヤビーチと決めていました。7 月末にバンコクでテロ事件があり市民が亡くなる大惨事が起きました。予定したことをやり遂げたいと個人的には思いましたし、社員の多くの希望もありましたが、旅行というのは留守家族がいつも心配してくれているわけで、旅行会社には迷惑をかけますが、急きょ組み立てたスケジュールを変更して研修先を変更することになりました。スリランカに「ジェフリー・バワ」さんという遅咲きの建築家が、ホテルなどリゾート施設などに秀作を残していると社員の提案があり、私も興味を抱き出かけることにしました。


*毎年のこと一週間も会社を全休にできませんから、ほぼ同じコースを一班と二班に分けての視察を実施しています。私は二班で 10 月 24 日に出国し、29 日に帰国する行程でした。すでに「幼児の城」のブログで、一班が視察した美しい建築の写真が掲載していますので、ご覧ください。

 成田空港発午前 11 時 10 分・スリランカ航空 UL 455 便・空路直行便にて首都コロンボまで 9 時間 20 分。時差で 3 時間戻りますからコロンボの到着は夕方 5 時 20 分。日本に数年滞在したことのあるスリランカ人の、一班と同じ気の良さそうな小太りのガイドさんが出迎えてくれました。さあ~、ここからスリランカの旅が始まりです。


*昨夜は出国手続きの後、街の中華レストランで夜食をいただき、ホテルに着いたのは夜も 8 時過ぎ。25 日は朝食後出発は 7 時 30 分、中々ハードです。すでに首都コロンボの街は動き出しています。街の道路はトヨタや日産、ホンダなどの日本製乗用車や、インド・TATA製の三輪タクシーなどの軽自動車で溢れ渋滞しています。信号が少なく抜きつ抜かれつの運転はドライバーの腕にかかっているわけで、我々の乗車したマイクロバスも発信とブレーキの繰り返しで相当激しい運転です。

 

*コロンボの最初の視察は、郊外の湖畔から遠くに観える美しい大きな勾配屋根のスリランカ国会議事堂で、1981 年〔34 年前〕完成、バワさんの基本計画により日本の建設会社が実施設計と工事を担当した〔ODA・日本政府の開発援助〕ようで、あの元旦ビューティ工業さんが屋根工事を担当したと伺っています。日本政府も良い援助をしたと思います。

 若い社員が視察先の施設を事前に勉強し、バスの中で交代で説明してくれたのは大変良かった。バワさんの建築を三件ほど視察をして、その後走って走って辿り着いたのは夕方で、ダンブラという地域の山の中。バワさんの仕事は海沿いのリゾートホテルを多く手掛けていますが、山の作品は珍しいとのこと、ジャングルに融けこむホテル「ヘリタンス・カンダラマ」です。岩の上に建設したホテルで岩の破砕は大変であったと思います。館内にはところどころに自然の岩が露出していました。翌朝 5 時、ホテルの周辺を散策しましたが、木々の中に、ホテルのベランダに、屋根に、猿、猿、猿が何頭いるでしょうか。人間と森と猿が共存しているようで、特に逃げたりしないのです。

 大失態と言えば、私の部屋は 6 階でしたが、空気の入れ替えと思って 30 僂曚描襪魍けて朝食に出かけ一時間ほどで帰ると、無残にも部屋は猿に荒らされていました。無くなったサングラスは庭に捨てられて、庭の清掃員に拾われ無事でした。旅の笑い話です。


*「ヘリタンス・カンダラマ」で二泊しました。26 日はシギリヤ・ロックという 200 mほどの岩の上に築いた王宮跡に挑戦。一時間ほどかけた登山でしたが、史跡を観ながらで急な坂や狭い階段も思い出です。大昔の人々はどのように建設資材を運んでいたのか? 日本での山城もそうですが、想像を超える時間と労力だったと思いました。


*27 日はスリランカ第二の都市キャンディに宿泊し、話題の薬草園や紅茶の専門店に立ち寄ったり、スリランカは宝石サファイヤの産出する国とかで、宝石店や雑貨店に立ち寄り楽しみました。


*28 日はキャンディからコロンボにもどり、閑静な住宅街に保存されているザワさんの自邸を見学させていただきました。素朴なデザインで構成され、さすがに建築家の自邸です。光と影、風の流れなど、「閉じると開ける」バランスの良い個性的な住まいにさすがだと思いました。

 最後の視察は「ジェツトウイング・ラグーン」というホテルで、二階建てのオレンジ色の瓦を乗せた勾配屋根は、大きなプールに面する美しさ、海を背景にした違った美しさに感激しました。社員達はここで一泊したいと口々に言っていましたが、再び個人旅行で訪ねれば幸いとなるでしょう。私も海辺やプールサイドで一日過ごしたいと思いました。

 一路空港に向かい、19 時 15 分・UL 454 便で、成田着 29 日午前 7 時 35 分で無事帰国できました。


*総評・・実のところ不勉強で「ジェフリー・バワ」さんのことを知りませんでした。人口約2 千万人ほどの発展途上国にも優秀な建築家がいることが分かりましたが、情報不足であったことは事実です。情報とは発信することと、受信することの両方であると思いますが、スリランカの建築情報は少なく私には届いていなかったのです。私達の若い頃は国内は勿論、アメリカや欧州の建築情報が、歴史的にも、近代、現代においても、身のまわりに沢山ありました。

 「ジェフリー・バワ」さんと言えば、1919 年コロンボ生まれ、2003 年に 84 歳で亡くなりましたが、30 歳代になってから英国に渡り建築を学び、その後世界を旅し、いよいよ 40 歳代でようやく創作に入ったとのこと。彼の残した建築はそんなに多くはありませんが、数々の名作であるホテルは今も輝いています。途上国における建築活動は、工業製品による建材はほとんど使用できないぐらい不自由ですが、当然のこと国にある素材で構成するわけです。素材とは自然の産物であり、取り入れる要素も「光と影・風・木材・石・コンクリート・鉄・石灰」で、パブリックスペースの内外の境など、サッシュによるよりも庇を深くして雨や風から守りますから、自然とシルエットが明確になり美しいのです。自然が御馳走でどのように自然を盛り付けするかがバワさんの力量で、忙しい現代人がここで癒されようとする気持ちも分かります。実に学ぶことの多い旅でした。

 日本では工業製品が溢れていますから、最近の設計者はわざわざ素材を大切にしたとか、素材感をもって設計したなどと表現しますが、今更ながら素材について、素材の表現について深慮する必要がありそうです。


*2015-11-1・午後 3 時、東京は乃木坂・東京ミッドタウンにおいて、グッドデザイン展があり、観てきました。おかげさまで、今年も二つの九州のプロジェクトが選ばれ展示していただきました。グッドデザイン展は毎年のことですが、日本中のものづくりに係る方々の自信作が展示されるわけで、デザインとは人々の生活に関わる全てのジャンルに必要なものなのです。例えば、自動車、家電、家庭用品、戸建住宅、集合住宅などのデザインですが、私達の作品は「こども園」二題です。

 このデザイン展は、現代の日本のデザインレベルを物語っているわけで、個々の生活やそれぞれの産業にデザインが必要であり、デザインがその企業のレベルであり、その企業の成長度も計れると思います。

 私達の担当した「こども園」は、園の経営者の意識によって決まったと思っています。それは経営者が子ども達に良い環境で生活してほしいと願うところから始まるのです。設計者はその意識に応えて色々と提案し、「かた・かたち」ができてきます。「こども園」が子ども達、保護者、経営者などや地域社会の皆様共々共存し、地域社会の中で園舎が息づいていってほしいと願っています。


ありがとうございました。


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